たわごと|2014年

今日の戯言 12/30(火)

沢山の人で溢れ返っている東京の街が

この時期になると静けさに包まれる。
普段は電車もバスも道路も
あんなにひとで犇めいているのに。

東京生まれ東京育ちのわたしは
帰省という概念もなく、田舎に憧れて育った。
大人になった今もそれは変わらず、ただ
帰る場所があるということより
旅行のような感覚で捉えているため
そう思うだけなのかもしれないことも
なんとなく最近はわかった。
帰る場所は近い方がいい。遠くよりも。
ほとんどの場合、そこは安らぐ場所だろうから。

そんなわけで田舎もなく、
年中ここに留まったままのわたしは
この静まり返った街を眺める度に思う。
わたしにとってはここが唯一のホームだけれど、
皆、帰る場所があり東京はきっと誰かにとって
(それは多くのひとびとにとって)
の戦場なのだろうと。

しばしの休戦を迎えた東京の大晦日を目の前に
忙しく働くひとたちも、仕事を納めたひとたちも
家庭を支えたひとたちも、健気に生きたひとたちも
2014年、お疲れ様でした。

そしてここをご覧のみなさま、
今年もありがとうございました。
良いお年をお迎えください。

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●写真と言葉「Moment」
6151×やまもと氏とのコラボ企画、
2013年から始まり、長い時間をかけて
掲載したこの企画もとりあえずのところ、
今回が最終話となります。とりあえず。
本当はもっと早いスパンで掲載予定だったのですが
大事にし過ぎてしまい、こんなに長く時間が
かかってしまいました。

素敵な機会に恵まれたことにとても感謝しつつ。
写真と言葉の世界を楽しんでいただけたら幸いです。


●オシラセ
過去のたわごと、まとめました。

2014  2013  2012 

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今日の戯言 12/10(水)

何処だっていいんだ。
其処が最高の場所になるんだから。

雪の匂いはまだ漂わない街の端っこで
今日も遠い場所の空模様を気にしながら
暮らしています。

最近、ミルクを入れない珈琲も
すきになりました。

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●WORK

㈱Protoさんの広告で写真を使っていただきました。
TOKYO LIFE STYLE Free Magazine Poco'ce
11月号に掲載されています。

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もう終わってしまったのですが、
関西のTV放送で写真を使っていただきました。
情報番組アサスマ!で㈱Protoさんの商品紹介の際に
放送されています。

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今日の戯言 11/21(金)

写真展「PHOTO 2014」は無事終了しました。
関わる全ての方へ、心からの感謝を。

もっともっと伝えたい気持ちが沢山あるのだけど
今はもうこの言葉に全てを込めて。
またお会いできる日を楽しみに
写真を続けていこうと思います。

逢いにいくよ、そこで待っていて。

本当にありがとうございました。
また近いうちに。

まずは、お礼まで。
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●オシラセ

Twitterハジメマシタ。→FOLLOW ME.

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今日の戯言 11/7(金)

●URLを変更しました。
http://www.besidecoffee.net/

ちゃんと場所を用意したいと思い。
今の処、それ以外に変更はありませんが
これからHOMEらしい場所になればいいな
などとおもいを込めて。

Beside coffee and YOU:)
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●写真展示のオシラセ。
本日から東京の写真屋さん、フォトカノンさんの企画展で
6151の写真を展示させていただきます。
お時間ありましたら是非遊びにいらしてください。

▲click

▸写真展「PHOTO 2014」
会期:2014年11月7日(金)-11月19日(水)木曜定休
会場:フォトカノン戸越銀座店

会期中、足を運んでいただいた方に何か出来ないだろうか
と考えた挙句、大したアイデアも浮かばず。
そんなわけで本当に心ばかりですが
サイトカードをご用意しました。

ラフにプリントした幾つかの写真とイラスト入りです。
お土産代わりに是非お手に取って頂けましたら
嬉しいです。
お気に入りがみつかりますように。

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今日の戯言 10/25(土)

Instagramのアカウントを取ってから

4周年、このブログは1周年記念に

開設したので3年が経過。



6151を名乗るようになってから

そんなに沢山の時が過ぎたのかと思う反面、

いやまだまだ4年ぽっちか...という気持ちも。



そもそも6151なんて色気も人間味もない変な数字。

おかげさまで

それなんて読むの?なんて呼べばいい?

なんて声も沢山掛けてもらった。


最初はね、呼ばれたくなんかなくて
発音し難い数字を使ったんですよ。
名前なんてただの記号でしかない。
人間味なんてここで表す自分からは
一ミリも感じとれなくてもいい。
と拗ねたような感覚でいたことは
ぼんやりと覚えています。
ヒドイ捻くれ者だよね、こうして文字に
起こしてみると反省したくなってくる。

でもね、今はただの数字じゃないよ。

この記念日が近づくとこれまでの
ささやかな歴史を振り返ったりするのだけど、
その度に自分がいつか言った
「6151はみんなが育ててくれたアカウントだから」
という言葉を想う。
誰かの支えがあって初めて自分が自分でいられるような。

背中を押してもらうようなFollow。
点呼のようなLike。
元気ですかのComment。
生存確認の様なPost。

自分ひとりで成し得たことなんて
わたしにはひとつもないんだって
6151を見ているとそう思う。

ありがとうじゃ足りないけど、
でもやっぱりありがとう。
其処に居てくれて、出逢ってくれて
ありがとう。

温かな気持ちは誰かから誰かへと渡り
遠く旅をしてヒトとヒトの間を巡り巡る。
そしてひとつ、感謝の旅が終わった。
温かなサークルはまたここからはじまる。
メビウスの帯を歩くように。

4年分の感謝を込めて。

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●オシラセ
11月に東京のフォトカノンさんの企画展で
6151の写真を展示させていただきます。
お時間ありましたら是非遊びにいらしてください。

▸写真展「PHOTO 2014」
会期:2014年11月7日(金)-11月19日(水)木曜定休
会場:フォトカノン戸越銀座店

詳細は追記予定
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今日の戯言 10/13(日)


人生はどれだけ呼吸が長く

続くかで決まるのではなく、

どれだけ心震える瞬間に出逢うか。



評価というのは他者在ってのことだけど

人生の価値は誰かが決めるものでは

ないらしい。



だからひとは生きる意味を探して

呼吸を続けるのかもしれない。



・・・



望まれてこの世界に産まれおちて
また同じ様に誰かに望まれる自分を
願って生きている。
きっとみんな道は違えど
同じ場所から歩き出して
そして同じ場所に辿り着く。

誰かの為に生きることで活きる命と
必要とされた分だけ呼ばれる名前。

誰かに必要とされることも
自分が必要と感じる意味も
わからなくなることがあるけれど

名前を呼ぶということは、
ただそれだけでもう意味を持っていて。
とても他愛ないことかもしれない。
だけど忙しい毎日の中では
それさえ大事に出来ていない時もある。
もう呼べなくなってしまったひともいる。

反省と失敗を繰り返して、
情けなく思う事もまだ沢山あるけれど
それでも今、呼びたい名前がある。
この声が枯れてしまっても、
呼び続けたい名前を知っている。

この世界に生まれて、初めて貰える
自分だけに宛てられた贈り物

大切な人に沢山呼んでもらえるように。
心震える瞬間はいつもそこに在るって
君の声はいつも教えてくれる。

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今日の戯言 10/5(日)


撮りたいものがあった。

でも自分にはもう二度と撮れないものも

幾つかあると気が付いた。



知っていたけど、

気付きたくはなかったな。



憧れても近づけない。

それを悲しく思ってはいけない。

抱えきれないものは大切にできない。

自分に無いものや失ったものばかりを

数えてはいけない。



それにきっと、失ってばかりではなかった。

ちゃんと残っているものもある。

どんなスタートを切ったとしても
最初はいつもゼロから始まる。
同じ時間同じ場所に同じ自分で
戻ることはもうない。

かぞえてみよう、残ったものを。
空っぽだとしてもそれはもうゼロじゃない。
在ったことを知っているなら
もうゼロにはなれない。

撮りたいものがあった。
でも自分にはもう二度と撮れないものも
幾つかあると気が付いた。
何かを成すのに遅すぎることはあっても、
早すぎることはない。
今。いつも、今。
いつかではなく今、後悔しないように。
撮れないと気付いていたって。


ああ、うん。
明日もきっと生きてるよ。

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今日の戯言 9/11(木)


ちょっと最近長すぎるとおもうの。

それも仕方ないとおもうの。



はい。



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今日の戯言 8/23(土)


八月も下旬、夏休みの宿題は済んでますか。

もう完璧!なんてひともちゃんと世の中には

存在しているんだろうか。

わたしは31日まで宿題未済組で

最終的には2学期開始と共に

宿題の確認を始めるような

悪く云えば、だらしのない。

良く云えば、恐れを知らぬこどもだった。

この場合、良く云いようが無いほど最悪なのだけれど。

勉強に全く興味がなかったことだけは

よく覚えている。



それを考えると、大人になったなぁ。

なんて、本当にしょうもないところが

若干まともに近づいただけかもしれなけど。



今日は陽が出ている頃から涼しくて、
自転車を漕ぎ小さな町中を走り回ったのだけど
刻々と迫る季節の終わりを受ける風に感じながら
遠い近い昔を思い出したりした。

今月に入ってから、百日紅があちこちで
咲き誇っているのが目を引く。
枝先に付く花や葉の重みで枝垂れるように擡げた姿は
風に揺られ灼熱の日差しにも耐え
沢山の蕾を抱え、次々に花を咲かせながら
約100日間、その様を保ち続ける。
遠目から見えるもふもふとしたその花房は
とても華やかで、力強く優しげ。
近くで見ると、破裂したみたいにくしゃくしゃな
花なんだけど。

青空を背景に純白、淡い藤色、マゼンタの花を
付ける百日紅はサルスベリとも呼ばれてる。
この呼び名の方がわたしは親しみ深いのだけど
木肌がつるりとしていて、一見して他の木とは違う。
思わず手を伸ばしてしまうような
美しい模様をしているものもある。

幼い頃、植物図鑑を片手に道端に咲く花や
近所にある木々の名前を片っ端から調べるような
こどもだったのだけど、そこから記憶を引っ張り出すと、
サルスベリという名前の由来は
つるつるとした樹皮故に”猿も滑ってしまう”という
ところから名づけられたという。
実際、木登りが得意であろう猿たちが
滑るのか否かは置いても、それをこどもにも簡単に
想像させる程度に美しい木肌ではあった。

って、特別好きな花木ではないのだけど
夏の花と云えば朝顔や向日葵を思い浮かべるが
花の寿命は一時で。一年草だし。
振り返ればすぐに枯れて次の季節への準備に入る。
そんな中、100日もの間咲き続けるこの木は
安い言葉だけど、すごいなぁと。

大きなこの木が幾つも植わっている道を毎日通ってる。
花が咲くまでそれとは気が付かずに通り過ぎていたのだけど
盆も過ぎて残暑もキツイ最近では
見上げる度に励まされてる。
暑いのに、枯れずによく咲いてるなぁと。
綺麗だなぁと。
撮りたいなぁと。

撮ってないんだけどね。

全然関係ないけど木繋がりで
馴染みのある通りで
更地になっている土地を通り過ぎた時、
それまで其処に何が存在していたのか
思い出せなかった。

その場で、あそこにはあなたの好きな
あの木が在ったよ。と言われ
スイッチを押したかの様に記憶が甦って
その木の下であの時雨宿りをしたとか
見事な花々を咲かせていたこととか
それを何年も眺めてきたこととか
其々がその時、どんな風に
想いを馳せていたのかを話した。

もうあの場所にその木は無いけど、
確かに其処に在った。
それをわたしは知っていると教えてくれるひとが居る。

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今日の戯言 7/27(日)

暑いというと余計暑くなる。
なんて聞き覚えのある台詞、
んなぁこたないよ、と思いながら暑いを連発しています。
関東の梅雨明けからぐったりモードのわたしこと6151です。
じっとりと重苦しい空気の今夜、
みなさんいかがお過ごしでしょうか。

愛すラテが美味しい季節になりましたね。
夏は比較的、こんなわたしでも活動的になる
季節であります。
行きたいところ、憧れの場所、
沢山あって選びきれないのだけど
撮り溜めた写真を眺めながら
振り返ってみるとその時の自分が
ちゃんと行くべき場所へ足を運べているような
景色にしっかりと導かれているような、
そんな気になってくる。

あの日、あの時、あの場所で。
そんな風に時間に翻弄されつつも
ちゃんと選んできた道があって。
軌跡は奇跡だなんて誰かが言っていた様な
気がするけど、もしかしたら本当にそうなのかも。

選ばされたのではなくて、選んできた道。
いやいや、きっとね、
わたしにはこの一本道しかなかった。
もっというと、道なんて無かった。
だって歩かなきゃ道は開けなかったのだから。
振り返ったら、道になってた。
多分、この先もそんな感じ。

あ、そうそう。
何をやっても上手くいかなくって
手を尽くしても八方塞りで
それでもどうにかしたいって諦めきれない時、
とても苦しくてしんどくてもう投げ出したくなってしまうけど。
きっとね、それが変化の時で。
自分を変えられる瞬間がそこにあるはずで。

変わる時は誰だって苦しい。
自分が変わるだけじゃなくて、きっと世界が変わるから。

道の話しに戻すけど、
憧れのひとがこんな事を言っていた。
「俺の前に道はない。俺の後ろに道ができる。」
6151的に言うと、
「全部、崖。」
違うか。

踏み出す未知への一歩が、
わたしの全ての道となる。

大事なのは、歩むこと。
疲れたらちょっとベンチでひとやすみして、
愛す珈琲でも飲もうよ。

かっこつけようとし過ぎてちょっと何言ってるかわからない。
きっと夏の所為だ。

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今日の戯言 7/7(月)

雨、あめ、アメ。
梅雨らしい天気もあまりないまま
文月も7日目。
今日は夜明け前からしとしとと
静かな雨が降り続いています。

この時期にありがちな湿った空気も
少し首元にまとわりつく髪も
ひんやりと心地良い気温のおかげで
若干抑えられているような。
まだほんの少し、肩が冷えるかな。

そういえば、今日は七夕だけど
この時期のこの日に晴れた空を
期待しなくなったのはいつ頃からだろう。
天の川が見れるのは今夜だけではないけれど
あの人とあの人が出逢える今夜は
一年に一度きりで
365日もある中のただの一度きりで
きっと楽しみにしているだろうに
会えない事を嘆いているのだろうに
なんて勝手な空想でがっかりすることもあった。

でも。
一年に一度きりだとしてもきっとその次があって。
その次もその次もある彼らは恐らく
永遠なんだろうと気がついたり、
地上から空を眺めることしか
出来ないわたし達とは違い
この星を遠く離れた宇宙に
雨など降ることはないのだから
わたしが知るには及ばないだけで
カササギが優雅に舞う中
穏やかな川に架かる橋を渡り、
尊い逢瀬を叶えてる。
きっと何にも変えられない幸せな時間を
過ごしている。
そう思うようになった。

目に見える事だけが揺るぎ無い真実で
それは確かにそこに在ると感じるには
充分だけど、
角度を変え視点が変化すれば
その真実にもまた別の面が必ずある。
真実と事実は似ているけどほんの少し違う。

真実ばかり追い続けていると、
ときどき事実が見えなくなってしまう。
丁度、天の川に雨雲がかかるように。

まぁ見えない事が良いこともあるのだろうけど。
その良し悪しは死ぬまでに判断できれば
いいんじゃないか、とか。何事も柔軟に。
ね。

ところで七夕といえば、短冊ですが
今年は書かずにおきました。
本当に願うなら、誰の目にも触れないところで
叶えてみせるのが大人なんじゃないかって
ちょっと気取ってみたりして。

星に願いをかけることも
何かに祈りを捧げることも
自分に誓いを立てることも
心の中で叶うこと。
自分だけが持っていればいい。

それを大切な誰かとほんの少し分け合えればいい。
例えば手を繋ぐみたいに。

正直言うと願い事なんか
沢山ありすぎて
短冊なんかにまとめらんないよ。

とかね。

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なげぇな。

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わたしの願い事はもう大体叶ってる。
ただ次の願い事が増えただけ。

ベガとアルタイルがしあわせでありますように。

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今日の戯言 4/6(日)

分厚いコートは薄いジャケットに。
薄手のシャツに袖を通し日差しの中、
大きく背伸びをする。
わたしの街にも桜舞散る4月が来た。

毎日通勤途中に行き来する短い桜並木をくぐり
透き通るような水色を見上げ目を凝らし
ああこれだと吐くため息。
待ってたよ、春。
会いたかったよ。

そういえばそろそろ東京の天気予報では雪が降るとか。
花冷えなんて言葉があるけれど
4月の雪だなんて本当にがっかりしてしまう。
けど写真を撮り始めてからはそういった
予想外な出来事も楽しめるようになった。
ただ嫌だと感情に任せて生きるのはとても簡単だけど
そんな風に考えを狭めてしまうことは窮屈で。
せめて心は自由で在りたいと願うから、
例えば思い通りになんかならなくてもそれ自体を
楽しめたらいい人生になる気がしてる今日この頃。

そもそも、思い通りにいくことの方が奇跡みたいなもの。

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今日の戯言 2/5(水)

あれよあれよと言う間に如月へ突入。
あけましておめでとうございます、
と今更ながらご挨拶を。

ここの所、暖かい日和が続いていた東京。
昨日は日中に雪が降りました。
羽根のようにふわりふわりと宙を舞う雪の中
凍てつく空気もなんのその、
自転車で高速移動をしつつ
ほんのり白く染まる街は
見慣れたいつもの風景とは違う静かなものでした。

冬の寒さは冬眠してしまいたくなるほど苦手で
毎年この時期になると
春よ来いと願わずにはいられないのですが
軒先に佇む木々の芽が膨らみ始める頃には
肌を刺すような凍てつく空気も
どこまでも続く漆黒の深い夜空も
そこにくっきりと瞬く星たちも
輪郭を主張しだした薄い三日月も
溶けるような明け方の美しい空のグラデーションも
今しか感じることの出来ない貴重な瞬間だと
思わずにはいられない。

季節の変わり目に恋しさに似た切なさを
感じる事が多いけれど、これを
ないモノねだりというのかもね。

まだ吐く息は白いまま。
春で、待ってる。

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モドル  たわごと2013